日韓共同開催でW杯の熱狂が次第に収まってきたころ、大阪の事務所から指令が下った文次郎と年下の先輩巽は車で愛知県へと向かった。
名古屋市のマンションに住む40代女性の顔確認がその指令だった。
早朝、大阪市中央区にある事務所から車で3時間ほどかけて名古屋市に到着、閑静な住宅地に存在する5階建てのマンション、築年数の割にはきれいに掃除されている。
隣接する道路の張り込み場所から各階マンションの扉が見えるが、対象者宅「105号室」はちょうど非常階段の前にあり、扉が確認できない。
ベランダ側に回ると、「105号室」には男性用と女性用の衣類に紛れて乳児の衣類が既に干されている。
数時間張り込みを行ったが「105号室」から対象者が外出する気配はない。
事務所に連絡し許可を取った後、巽はコンビニに行き¥1,500程度のせんべいの詰め合わせの菓子折りを買いに行く。
演技が上手いわけでもない文次郎は後ろに隠しカメラを持った巽の監視下、対象者宅「105号室」のインターホンを押す。
数秒するとインターホンから「はい?」を中年女性の声が聞こえる。
「205号室に越してきたものですけど、ご挨拶に伺いました」
【205号室】は入居者がいないことは確認済みである。同部屋のカーテンは何もなく、集合ポストにチラシが詰め込まれて一杯になっている。
電気メーターは止まっており、水道とガスメーターには開栓の連絡札が掛かっている。
「105号室」の中からチェーンロックの外す音が聞こえ、すぐに鍵が開錠されるとゆっくりとドアが開くと窺うような姿勢で40代女性が顔を覗かせる。
小柄で丸顔、少し肉のついた40代女性は指令書にあった画像、数年前に自宅の中で撮影された家族5人との写真、の中で笑っている女性と一致していた。
文次郎は笑顔を作り、「205号室に越してきた松江と申しますが、ご挨拶に伺いました」
文次郎は身をドアから離して対象女性の顔が撮影出来やすい位置へと誘導する。
そして頭の中で設定していた通りに「今日、大阪から仕事の関係で引っ越してきました松江と申します。今後ともよろしくお願いします。」と用意した菓子折りを手渡す。
対象者女性は「わざわざご丁寧にありがとうございます。」と軽く会釈をする。
部屋の中を覗くと玄関先に黒とピンクのベビーカー見えた。
文次郎の斜め後ろから巽が黒いバックを肩から下げて対象女性に隠たカメラの焦点を合わせる。
ドアが閉まると文次郎と巽は車両へと戻り、ビデオの画像を確認後、調査結果を事務所へと報告、同確認調査から解除となる。
依頼者は40代男性、9年前に2歳下の女性と結婚。
結婚して1年で男児が生まれる。その2年後に女児が生まれるが、脳に先天性の障害が残ってしまう。
その後、再び女児を産み、妻は3人の子供の面倒をみながら時折パートにも出ていたが、
2年ほど前に妻が4歳の障碍の残った女児と2人の子供を残して突然家を出て行ってしまった。
依頼者男性は直ぐに妻の実家や友人関係に連絡し妻を探したが見つからず、警察にも捜索願を出したが見つからない。
依頼者の母親からの助けもあり、3人の子供の面倒をみながら会社に行っていた。
1年前、神戸の探偵事務所に妻の捜索を依頼したが、成果は出なかった。
数週間前、依頼者は大阪市中央区にある「株式会社日本広域探偵事務所」を訪問し、妻の捜索を依頼する。
同事務所は依頼者の提供した情報から訪問や電調などで聞き込みを行い、一人の男性が浮かび上がる。
※電調とは…訪問はせず、電話のみで色々な情報収集を行う。女性の調査員だと警戒されずに情報を引き出すことが多い。
男性は30代後半、妻がパートで働いていた時の同僚である。
妻が務めていた会社は運送業者で、多くのアルバイトを雇っていたため、その男性と妻が仲良かったことなど気付く余地もなかった。
男性が同会社を辞めて引っ越しをするタイミングと妻が家を出て行った時期がほぼ重なった。
その男性の新しい住所を入手し、今回の確認作業を行ったのだ。
その後、夫は報告書を確認し名古屋の妻と妻を子供たちから奪った男性の居るマンションを訪問した。
妻は家を出てから罪悪感に苛まれ、毎日のように3人の子供のことを思っていたと夫に泣きながら謝った。
2年前、妻は毎日の生活に疲れ果てていた時に男性と知り合い、話を聞いてくれてやさしかった男性に惹かれて駆け落ちしてした。二人の間には1歳の女児が誕生していた。
そこまでしか文次郎達、調査員には伝えられなかった。
その後、失踪した妻、夫、妻と同居している男性で今後の話をしたらしいが、どうなったかは不明である。
残された3人の子供、新しく生まれた父親が違う子供、この母親と父親2人はどのように生きていくのだろうか…
あまりにも失踪した妻の罪は重い…
この物語は一部の事実を元にしたフィクションであり登場する人物、団体名等、名称は実在するものとは関係ありません。
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